
元プロボクサーでボクシングジムの経営者としても知られる千里馬啓徳さんが、2025年6月30日に不同意わいせつ容疑で逮捕され話題となっていますね。
そこで今回は、千里馬啓徳さんについてwiki風プロフと経歴で詳しくまとめました!
千里馬啓徳のwiki風プロフ

名前:千里馬 啓徳(せんりま けいと)
本名:金啓徳(キム・ゲドク)
生年月日:1957年10月25日
出身地:兵庫県神戸市中央区
学歴:神戸朝鮮高級学校
職業:ボクシングジムの経営者・トレーナー
千里馬啓徳さんは、日本ミドル級王者・5度防衛の実績を持つ元ボクサー。
引退後は千里馬神戸ジムを設立し、世界王者を輩出するなど指導者としても高い評価を受けています。
在日朝鮮人3世であることを公言し、本名は金啓徳(キム・ゲドク)。
千里馬啓徳の経歴
・学生時代:神戸朝鮮高級学校ではバスケットボール部で活躍
・20歳でボクシングを始め、21歳でプロデビュー
・1983年:第34代日本ミドル級王者(5度防衛)
・1984年:米国デビュー
・1985年:現役引退
・1986年1月:「千里馬神戸ボクシングジム」を設立し会長に就任
・2025年:不同意わいせつ容疑で逮捕
神戸朝鮮高級学校ではバスケットボール部で活躍
神戸朝鮮高級学校に進学し、バスケットボール部で活躍。
卒業後は社会人バスケットクラブ「兵庫朝鮮籠球団」に所属し、神戸市大会・兵庫県大会で優勝経験もあるそうです。
20歳でボクシングを始め、21歳でプロデビュー
20歳で神戸拳闘会に入門しボクシングを開始し、21歳でプロデビューします。
リングネームは当初「千里馬啓徳」→「キム・ゲド」→本名の「キム・ゲドク」と変遷されています。
第34代日本ミドル級王者(5度防衛)
1983年1月25日、日本ミドル級王座を獲得し、その後2年で5度防衛に成功しています。
日本ミドル級王座連続防衛回数ランキングでも歴代4位タイに位置する記録です!
王座在位期間は、1983年1月25日~1984年12月4日。
この間、千里馬啓徳さんは日本ミドル級のトップとして君臨し、安定した強さを見せました。
なお、5度目の防衛後に王座を失い、次の王者は東條信次選手となりました。
現役引退後は「千里馬神戸ボクシングジム」を設立
千里馬啓徳さんは、1985年に現役を引退します。
その後、1986年1月に「千里馬神戸ボクシングジム」を設立。
当初は妻と二人三脚で小さなプレハブ小屋からのスタートだったようです。
ジムを設立した後は、後進の育成に力を入れ、世界王者の長谷川穂積をはじめ、数多くの有望な選手たちを育て上げました。
長谷川は同ジムでプロデビューし、最終的に世界3階級制覇を達成。
その他にも、玉越強平、武本在樹、帝里木下など、数々の選手たちを世界ランクに押し上げています。
彼の指導は多くのボクサーにとって大きな成功へのステップとなっているようです。
ジムは現在も神戸市中央区にあり、地域のボクシング振興や青少年の育成に寄与しています。
2025年:不同意わいせつ容疑で逮捕
2025年6月30日、千里馬啓徳(本名:金啓徳)さんが、不同意わいせつ容疑で兵庫県警に逮捕されました。
自身が会長を務める「千里馬神戸ボクシングジム」で、営業で訪れていた38歳の女性に対し、わいせつな行為をしたとされています。
具体的には、抱きつきやキスなど。
当時、ジム内には2人きりで、女性は何度かジムを訪れていたことがあったとのこと。
女性の勤務先から警察に相談があり、発覚したようです。
千里馬容疑者は、これらの容疑を「全くやっていない」と否認。
まとめ
千里馬啓徳さんは、元日本ミドル級王者として名を馳せ、引退後は多くのボクサーを育成した指導者としても評価されてきました。
しかし、最近発覚した不祥事により、その名声に大きな影響を与える事態となっています。